豊田のまちから……365日 絵本 それからいろいろ・・・



   
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プロフィール

森乃あさ 

Author:森乃あさ 
児童文学を書くことが好きな、人に言わせると、
まめなB型。そして山ガール。



好きな本

きりがないので、代表して
◎穴 HOLES 
 ルイス・サッカー

好きな作家

きりがないので、代表して
◎倉本 聰さん(脚本家)

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若葉の宿

   
若葉の宿

「若葉の宿」    中村 理聖    集英社 


 中村 理聖(なかむら りさと)
 1986年福井県生まれ。
2014年「沙漠の青がとける夜」で
 第二十七回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。

~ あらすじ ~  ネタばれあり
京都の小さな町屋旅館 山吹屋を営む祖父と祖母に育てられた
若葉は、両親の愛を知らない。
自分に自信がなく、おどおどしている性格は子どものころから
今も変わらない。
祖父のおかげで老舗の日本旅館・紺田屋で仲居として働きはじめ、
家の旅館の手伝いもする。
ただ過ぎていくだげの毎日、唯一の友人の紗良は、高校を
中退して置屋に入り、舞妓になっていく。

若葉は、仕事先での大きな失敗から仲居頭に目をつけられ、
なにかと叱られる日々。仕事に行きたくない。
高校時代のいじめを思い出す。
普段、厳しくあたる祖母とちがい、やさしく見守ってくれる祖父
は、若葉を学校に行かせた。今度も仕事を休むことは許さない。
仕事先の若葉は、ますますおどおどとなってしまい、
いつもならしない失敗を繰り返す。

そんな若葉を力つけてくれるのは、板前見習いの慎太郎。
ダブルブッキングを結果的に若葉のおかげでことなきを得て、
少しずつ若葉にも陽が差していく。

ところが、祖父が入院し、普段は強気の祖母は力を落として
しまい、山吹屋はピンチに陥る。
若葉は祖母の力になり、山吹屋を守ろうとする。
しだいに自分の居場所を見つけていく。

~ 感想 ~
京都の町屋旅館の暮らし、人情、
祇園祭、老舗旅館
背景が楽しめる。
その中で、誰が父親かもわからず、シングルマザーとして
育てていた母親も若葉を置いて、出て行ってしまう。
そんな環境が若葉を内気で、一歩踏み出そうとしない娘に
してしまったのか。
若葉のような子がいたら、いらいらする仲居頭の気持ちも
わからなくもないところもある。
それでも若い子がやりたがらない仲居という仕事をやり続け、
家業の旅館も手伝う若葉を応援したくなる。
成長していく若葉の姿に共感を覚える。

主人公、若葉の友人 紗良や慎太郎がとても魅力的だ。
紗良については、芸妓になるにあたり、悩める問題が
起きたのかと思ったが、触れてはいなかった。

京都の旅館業界の今を描いていたところも興味深かった。
清々しい装画に手が伸びたのだが、(装画 合田 里美)
久しぶりに寝る間も惜しんで一気に読んだ。




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バレンタインデー

   
なまちょこ

読み聞かせでチョコレートの話をしたり、
この時期だからとチョコレートの児童書を
読んだせいでしょうか。

バレンタインデーに生チョコを作りました。
絶品の生チョコを作る友人にレシピを聞いて、
挑戦したものの、なんせ初めての生チョコ作り。
生クリームをこぼしたり、うまくかき混ざらなかったり
したけど、まあなんとかおいしくできました。

お世話になっている方や友人にさしあげたり、
いただいたりと、イベントは参加すると楽しいですね。

碁会所のお客様には、こちら。

チョコ

ちょこ1


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こねこのチョコレート

   
こねこのチョコレート

「こねこのチョコレート」
     B・K・ウィルソン  作    小林いづみ 訳
     大社玲子  絵        こぐま社

一年生への読み聞かせで読みました。

弟(クリストファー)の誕生日プレゼントとおかあさんと一緒に
買いにいくジェニーは4歳の女の子。

おかあさんはおもちゃ屋さんでヘリコプターのおもちゃに
決めました。ジェニーは100円を出して、お菓子屋さんでこねこの
チョコレートを買いました。はこの中にはチョコレートが8こも
入っていました。

家に帰ると、ジェニーはそのチョコレートを自分の部屋の
タンスの中にかくしました。

その晩、ジェニーはなかなか眠れません。
「こねこのチョコレート、ひとつ食べたいな。
はこの中には8匹もこねこがいるのよ。
ひとつくらい食べたって、クリストファーは気にしないと
思うな」

ベッドをぬけだし、タンスまで歩いて行って、
はこをあけ、こねこのチョコレートをひとつまみ。
ところが、おいしいチョコをひとつだけではがまん
できなくなり、またひとつ、またひとつ・・・
と、ベッドをぬけだしては、タンスに向かったのです。

さて、はこの中のチョコレートはどうなったか?
一年生のこどもたちは、わかったようです。

次の日、弟の誕生日にこねこのチョコレートの
はこをさし出したジェニー。
中はからっぽ。

でもね、ちゃんとほんわかした結末が用意されています。
その家のねこ、ティブルがこねこを産んだのです。
バスケットの中でほこらしげに喉を鳴らしている
ティブルのそばに黒くてまるいふわふわしたものが
3匹。
クリストファーはおおよろこびというお話。

ベッドから抜け出してチョコを食べに行くシーンが、
大好きです。全部食べてしまって、とうとうちょっと
気持ちが悪いなと思いながら眠りにつくところなんか
笑えます。
バレンタインデーの頃の私の『テッパン』に
なりました。
クリスマスは『大きいツリー 小さいツリー』
がテッパンです。

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チョコレートと青い空

   
チョコレートと青い空

「チョコレートと青い空」
           作:堀米 薫    絵:小泉 るみ子
           そうえん社

第58回 青少年読書感想文全国コンクール
      小中学生の部  課題図書

あらすじ
牛を飼っている専業農家の一家にガーナ人の
研修生がやってくる。弟(主人公、小5)、妹(園児)は
すぐになつくものの、反抗期真っ只中のお兄ちゃん(中2)
は、あいかわらず無関心を装っていた。

一ヶ月、一緒に暮らす間に、知らなかったガーナのこと
を知り、エリックさんの目を通して自分の生まれた場所、
農業を見ることで成長していく。
お兄ちゃんもしだいに心を通わせていく。


~私はこう思いました~

作者の家は、和牛農家。国際協力事業団を
通してさまざまな国から研修生がやってくるそうです。
その体験をもとに書かれました。
牛を世話するシーンはとても具体的です。

弟がお兄ちゃんをこっそり「かげネコ」と呼んでいる。
こそこそ隠れるいじけたネコそっくりだから。
小5の弟にとって反抗期のお兄ちゃんはそう
うつるのだろう。家族の物語としても楽しめるが、
この物語を通して知らなかったことを知ることが
改めて本の面白さだと思った。

たとえば、
ガーナってチョコレートの国だと思っていた。
子どももチョコレートをたくさん食べていると。
ところが、ガーナにあるのは、チョコレートの原料の
カカオ。カカオ畑では、おとなと一緒に子どもがたくさん
働いている。貰えるお金はほんの少し。
甘いチョコレートは高級品。


フェアトレードチョコレートって?
カカオを割る子どもの写真を見たおかあさんが、
ある日、フェアトレードチョコレートを買ってきた。
立場の弱い国の生産者を守る考え方で売られている
チョコレートだ。本の中では値段は3倍と書かれていた。

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朗読

   
朗読の勉強会では、
新年の1回目は、5分ほどで好きな本を
朗読する。

「日本百名山」  作 深田久弥
より、「穂高岳」を5分ほどに合わせるように
抜粋して読んだ。

百名山は目指してなく、北アルプス、八ヶ岳を
中心に登っている。
穂高は、技術的にも、体力的にも、私には
不釣り合いで、それでも3年前、北穂高に登った。
山が登らせてくれた。

穂高は岩の山。人をよせつけないところもある、
男前の山。

とざん

いつもの登山の格好で、もちろん登山靴もはいて、
朗読した。
力強く読もうと、肩に力が入りすぎてたけど、
峠に立ったときの描写は、常念岳の小屋に着いた時、
現れる槍ヶ岳を思い出し読んだ。


百名山

穂高岳 三一九〇m
                 深田久弥
穂高岳は、昔、御幣岳ともいった。
空高くそびえる岩峰が、御幣の形に似ていたからである。
また奥岳とも呼ばれた。人里から遠く離れた奥にあった
からだろう。梓川ぞいにバスが通じて以来、人々は、たやすく
神河内(上高地)に入り、そこから穂高(ほたか)を仰ぐことが
できるようになったが、それ以前は徳本峠を越えねばならなかった。

 峠に立った時、不意に、まなかいに現れる、
穂高の気高い岩峰群は、日本山岳景観の最高のものと
されていた。その不意打ちに驚かない人はなかった。
幸田露伴も書いている。
「眼の前に開けた、深い広い傾斜、
その向うの巍々(ぎぎ)堂々たる山、
何という男らしい、神々しさを有(も)った嬉しい姿であろう。……」
 
 穂高に登った最初の人は、明治二十六年(一八九三年)の夏、
嘉門次を連れたウェストンであった。
もっともそれより二週間前、陸軍省の視察員が
やはり嘉門次を連れて登っている。
 しかしこれらのパイオニアの登頂したのは、
今の前穂高であって、当時これが最高点と思われていた。

 明治の末頃から、日本山岳会の先輩たちが相ついで登り、
それまで一括して穂高と呼ばれた岩峰群に、北穂高、奥穂高、
涸沢岳、前穂高、西穂高、明神岳という風に、
それぞれの名称が与えられるようになった。
 その最高は奥穂であってわが国第三位である。

 大正年代に入ると,穂高(ほたか)は岩登りと積雪期登山の
道場になった。三千米のピークが四つもある、岩の大伽藍
当時の前衛的な大学山岳部の若者たちは競ってこの山を目ざした。
 彼等は次々と新しい登攀ルートを開いて行った。
そしてジャンダルムだの、ロバの耳だの、クラック尾根だの、
松高ルンゼだのと、西欧アルプス風な名が、至る所の岩場に
付けられたのは、昭和になってからであった。
 
 終戦後は冬期の岩登りが盛んになって、正月休みなどには
多くのパーティーがあちこちの氷壁をねらって、
果敢なアタックを試みるようになった。
 
 おそらく山岳団体に属する人で、涸沢生活を持たない人は
ないだろう。夏には幾十というテントがそこに並び、
グリセードや岩登りの訓練に出かけていく。
 穂高はアルピニストのメッカとなった。
 しかし、そこで永遠に眠った人も多かった。
近年は、冬期登山に毎年のように犠牲者を出している。
死ぬ者は今後も絶えないだろう。

 それでもなお穂高はそのきびしい美しさで誘惑しつづけるだろう。
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