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プロフィール

森乃あさ 

Author:森乃あさ 
児童文学を書くことが好きな、人に言わせると、
まめなB型。そして山ガール。
最近、ハーフマラソンはじめました。

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石井桃子展

石井さん

2018、7.21~9.24
県立神奈川近代文学館にて「石井桃子展」開催。

石井さん1

石井さん2


没後10年 石井桃子 -本を読むよろこびーより

「プロローグー生い立ち」

1907年(明治40)、埼玉県浦和で生まれた。
両親、祖父母、兄一人、姉四人、父のいとこがいる大家族の中、
末っ子として育つ。

「Ⅰ 自立のころ」(1928~1942)

日本女子大学在学中から、学校の近くに住む作家、菊池寛
のもとでアルバイトをしていた。

1928年(昭和3)、同校英文学部卒業。
翌年、菊池寛が組織した「文筆婦人の会」の一員として、
文藝春秋の仕事に関わる。

1939年末、正式な社員となり、永井龍男のもとで「婦人サロン」
「モダン日本」の編集に携わる。このころ親友となったのが、小里文子
(おりふみこ)だった。

1929年、菊池寛の紹介により作家で政治家でもあった犬養健の父、
犬養毅の書庫整理を任された。

1933年(昭和8)、クリスマス・イブの晩、犬養家に招待され、イギリスの
作家A・A・ミルンの「プー横町にたった家」の原書に出会う。
こののち、結核で病床にあった小里文子の希望もあり、少しずつ訳し始める。

1940年、翻訳「熊のプーさん」が岩波書店より出版。
出版にあたり、力を尽くした岩波書店の編集者は吉野源三郎だった。


「Ⅱ 開拓者として」(1943~1953)

兵役についた友人を励ますため、「ノンちゃん雲に乗る」を書き始める。

1945年(昭和20)

農場を持つという以前からの夢の実現を目指し、宮城県鶯村に
移住。

1950年、岩波書店に入社。
「岩波少年文庫」「岩波の子どもの本」編集に力を尽くした。


「Ⅲ 新しい扉をひらく」(1954~1979)

1954年(昭和29)、ロックフェラー財団の奨学金を受け、
アメリカへ留学。全米各地とカナダ・トロントの公共図書館を
見学。翌年、ドイツ、フランス、イギリス、イタリアを回り
帰国。
欧米の児童図書館や出版社の現状を見て、多くの
有能な図書館員と交流。その後の新しい展開をもたらす
貴重な経験となる。

帰国後、子どもの本の研究と実践にその成果を
生かしていく。瀬田貞二、鈴木晋一、松居直、いぬいとみこ
と子どもの本研究会を始めた。

子どもたちが本当に喜ぶ本を探るため、鶯沢の小学校で
読み聞かせをする。
先に家庭文庫を開いていた村岡花子、土屋滋子らと
家庭文庫研究会を立ち上げる。

1958年、自宅に「かつら文庫」開設。
こうした試みを精力的に行いながら、そこで得た信念を
もとに、翻訳した世界の名作が戦後の日本の児童文学の
礎となっていった。

生涯で120点を越える翻訳を世に送り出した。

代表作
・エリナ―・ファージョン(イギリス)「ムギと王さま」など
・ビアトリクス・ポター(イギリス)「ピーターラビットのおはなし」など
・アリソン・アトリー(イギリス)「チム・ラビットのぼうけん」
・ディック・ブルーナ(オランダ)「ちいさなうさこちゃん」など

創作絵本から
・「三月のひなのつき」など

「エピローグ  ― 幸運の101年」

・70歳をすぎて発表「幼ものがたり」
 1,2歳ころから小学校1年生の終わりまでの記憶をもとに
家族との交流や日常のささやかな出来事を綴った。
・1994年(平成6)87歳のときに「幻の朱い実」上、下巻。
  読売文学賞受賞
・2008年、101歳の生涯を閉じる。


近代女性史のような石井桃子さんの生き方に
圧倒される。
そんな経験の中からうみだされた訳本、作品が
面白くないはずがない。少しずつ読んでいこうと思う。

京都マラソンポスター

京都マラソンポスター2

とてもそそられるポスター。
苦しいマラソンが楽しそう。

京都マラソンポスター1

こちらは2017年。
やっぱり楽しそう。

蓼科山(2531M)

たてしな3

右手には蓼科 女神湖。

たてしな1

蓼科牧場から登って行った。
ゴンドラを横目に冬はスキー場になる急登。
すすきが伸び、秋茜が低く飛んでいた。

たてしな6

たてしな5

たてしな

7合目の登山口から登る人が多いようだ。
私たちはその下から。
友人がバテてしまったので、結局
将軍平まで。
将軍平から見た秋の空。
空も風もすっかり秋だった。

二度目の蓼科山(2531M)登山。
前回は一昨年の10月中旬だった。
女神茶屋の登山口から登り、頂上。
下山は将軍平~天祥寺原~龍源橋~女神茶屋の駐車場へ。

黒馬物語

本

【絶版】「黒馬物語」
         シュウエル 岩波少年文庫旧版
         土井 すぎの 訳

~あらすじ~

馬の視点で描かれた(一人称)馬の一生の物語。
舞台は19世紀後半のイギリス。
蒸気機関車は登場するが、馬が交通手段の主流であった時代。

牧場で生まれた美しい黒馬は、血筋がよく、賢い母親から
教育を受けていた。
おいしいエサ、いい小屋を与えられ、ご主人からは優しい言葉をかけ
られ、幸せに暮らしていた。

ご主人は黒馬が四つになると、自ら調教をはじめた。

黒馬の母親は言った。
お行儀良くすればするほど、大切にしてもらえること。
いつも精いっぱいに努めるのが一番賢いやり方。

けれど、人間にもいろいろな種類がある。
親切な人の手にわたればいいが、馬は
誰に買われるやら、誰に乗りまわされるやら、
何もかも運だけれど、精いっぱい働いて、
名をおとさないようにと。

馬のことをよく知っているジョンという御者にはいい人だった。
ジョンは黒馬をほめていた。ご主人は黒馬に乗ると、
気持ちがよく、大変気に入り、名前を「ブラック・ビューティー」
と名付けた。

やがて主人が屋敷を手放して移住することになり、
残された馬や厩舎の人々は散り散りになり、
ブラック・ビューティーも数々の人手に渡っていく。

貸し馬屋に売られたり、ロンドンの辻馬車屋に買われたり、
自分勝手な人間に使われて、体調を崩していく。

血筋がよく、精いっぱい人間に尽すブラック・ビューティーは、
行く場所場所で、名前が変わっていくが、終の棲家は、
若いころのブラック・ビューティーを知る厩務員のもとへ。


~感想~

わたしが……の書き出しで始まる一人称の物語。
馬が語るのは、最初読みづらかった。

作者の馬への観察眼がすごい。
本当に馬はそう思っているのではと思えて仕方がない。

馬のことで気になったこと。
●馬の調教とは……「鞍」や「たずな」を身につけること。
人間を背に乗せて運ぶこと。落ち着いて歩くことなど
馬に教え込むことだ。
その他に、「はも」をはめたり、「しりがい」や「おまわし」を
つけたり、つけている間中、じっと立っている稽古や、
二輪馬車や四輪馬車を後ろにしっかりつける稽古など。
御者ののぞむままに、速く走ったり、遅く走ったりせず、
何を見ても驚いてはいけないし、他の馬に話しかけてもいけない。
何ひとつ自分勝手なことをしてはいけない。

本1


馬が交通手段であった19世紀後半のイギリスの話。
生きものである馬は機械のごとく容赦なく使われる。
一年中、四六時中、乗り物であるがゆえに。

馬を所有する主人がいて、厩務員(馬を世話する人)がいて、
馬車をひく御者。
関わり合う人が馬に対して口をきけない生きものとして
やさしく、おもいやりを持って接することができたら、
その馬はなんて幸せだろう。

ル―ペンと言う厩務員は忠実であり、
馬を扱うにも優しく、馬の病気まで直すことのできる
男だった。ここに住む間はお酒を飲まないと約束し、
大役を任されたのだった。
ところがあろうことか酔っぱらったル―ペンは、
大きなミスをした。
蹄哲が外れたことにも気付かず、蹄鉄がとれた片足は、
ひずめがわれて、肉のところまでさけた。
痛みで膝をついた為、ル―ペンは投げ出され、死んで
しまった。その話は馬には責任がないことが証明されて
そこはよかったのだが。

印象深かったのは、
『馬なんて、子どものようなもんだ。聖書にもあるように、
その行くべき道をよく教え込んでおくがいい。そうすりゃ、
年をとってからも、それてしまうことはない』

「三つ子の魂百まで」ということか。

この物語、随所に馬はこういう生きものだ
と、教えてくれるところがある。
小学上級以上対象の本だが、
その頃に読んでいたら、馬に対して、生きもの
に対して、人に対しても、親切に優しくなれた
気がする。
改めて読書って人間形成に必要なものだと思う。


『黒馬物語』は1877年11月24日に出版された
イギリスの女流作家アンナ・シュウエルの生涯唯一の小説。
同時に代表作にもなった。

土井すぎのさんの美しい文章が品格があり、ていねいで
心に響いてくる。

ウィメンズマラソン

本

ウィメンズマラソン (ハルキ文庫)
           坂井 希久子 (著)

~あらすじ~ネタバレご注意

ロンドンオリンピックを目指していた岸 峰子は、
代表選手の切符を手に入れたにもかかわらず、
辞退することになってしまった。

監督を裏切ることになった峰子は、マスコミの批判を
浴び、補欠選手だった後輩が銅メダルをとったことに
悔しさを感じていた。

二年以上のブランクを経て、峰子は再びアスリートとして
復活するものの、監督に見捨てられ、いまだにマスコミからは
悪者扱いされ、それでもリオ五輪を目指し、闘い続ける。


~感想~

マラソンファン必見!

なぜそこまでしてアスリートとして
走りたいのか?
市民ランナーじゃだめなのか?
元オリンピック代表選手ならではの苦悩が
描かれている。

主人公の強い意志と気迫。
主人公と母。主人公と娘。
破たんしそうだったその関係をつないでくれた
笹塚コーチの存在は大きく、読み終わってからも
これからを予感する。

マラソンの練習、マラソンでの駆け引き。息遣いを感じ、
一気に読んでしまった。





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